ここ数ヶ月でとても大きな発見と気づきと再認識がありました。それは私にとってはとてつもなく大きなもので、自分の治療家としての観念を大幅に変更させるものでした。

この業界に入ってから、去年・・というか、正直に言って夏前までは、体の歪み、筋肉の緊張つまり強張りは施術者側のパワーで押圧もしくは矯正するものと思っていました。もちろん単純にパワー勝負でなく、そこには技術・スキルがあるのですが、やはり筋肉的なパワーは最低限必要だと思っていました。

しかし、野口晴哉(のぐちはるちか)という野口整体を創始した、いや日本に昭和初期〜中期に「整体」を創始し、定着させた伝説の偉人があるのですが、その方の「治療の書」を読んで、私の観念のほぼ全てが変わりました。激変したと言ってもいいぐらいです。

この野口先生のことはこの業界に入る前から知っていましたし、本も読んでいましたし、気功の先生からも聞いていました。

しかし、なぜか、今年の夏頃に何となく「買ったにの大して読まず、放っておくのももったいなから読んでみようかな」という軽い気持ちだったので、深い感銘を受けたのです。

「オレが目指していたのはこれだ!」と。

野口先生の「治療書」で特に感銘を受けたのは「いのち」についての記述でした。

死体を解剖し、腑分けして、人体をいくら細かく調べても「そこにいのちは見つからない」

どんなに高性能な顕微鏡や機材で調べても、「そこにはいのちは見つからない」

しかし、医学や科学を持ち出さなくても、「人が生きている、そこにいのちがあるのだ。誰でもそれは知っている」

ジーンときました。今、思い出してもジーンときます。「視覚で見えなくても、そこにいのちがある人間を我々は相手にしているんだ」

そんな内容だったと思います。

このことも以前から、気功を習ったあたりから、知ってはいました。単に知識だったんですね。理解はしてなかったのです。この時、施術はパワーではないのだ!腑に落ちました。